正月

□開店直後
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「ああ……やっぱり寝ていましたか」


貴文はVIPルームにいた。


開店の時にNO.2とNO.3のホストは零一の両脇につかなくてはいけないのに。


「いないと思ったらここだったんですね」


小さく微笑む貴文の目の前には珪の姿。


VIPルームのふわふわのソファに丸まって眠っている。


服もまだ私服のままで。


「おやおや」


衣装の袴は寝ている珪の下敷きになっていた。


「まあ、朝から眠そうでしたけどね」


そこに義人の絶品おせち。
暖かで静かなVIPルームとくれば。


「しかたないですね」


貴文が微笑む。


それにしても。


「綺麗な顔をしていますね…珪くんは」


さすが雑誌にのるだけのことはある。


すやすやと眠るその姿は、眠り姫ならぬ眠り王子に見えた。


「そんな君はどんな夢を見ているんでしょうね」


貴文がさらりと珪の髪をなでる。


時間はもう夜だけれど。


一富士。
二鷹。
三茄子。


新年ということで、そんな夢でも見ているのだろうか。


「いや」


おみくじで必ず大吉を出してしまう珪のこと。


きっと。


四扇。
五多波姑。
六座頭。


「それぐらい見ているかもしれませんね」


それほどに珪の横顔は穏やかで。


とても綺麗で。


ふ、と。


貴文の顔のかなしそうに曇った。


「君達はいいね」


零一に。
勝己に。
珪。


同じ職場の仲間。


「君達はいつだって自分の客を大切にする」


たった一人の少女を愛している。


「僕だってそれは変わらないけれど―」


貴文はさきほどの勝己との会話を思い出していた。


「僕は彼女以外の人間はどうなってもいいと思ってるんです」


それは人間としてどうなのか。


この店に働くようになってから貴文は考えるようになっていた。


「君達がまっすぐだから」


考えさせられずにはいられない。


「…ん」


その時だった。


あまりにも珪の近くで話していたからだろうか。


珪が小さく体をよじった。


貴文が見つめる先で、珪はやわらかなソファにうずもれながら笑っていた。


くちびるだけ。


でもそれはとても嬉しそうで。
楽しそうで。


「これは本当に縁起物の夢を見ているのかもしれませんね」


貴文がつぶやくと。


「…お前…、かわいい…」


かすかに聞こえた珪の寝言。


誰かへの褒め言葉だった。


貴文の瞳がかすかに開く。


どうやら珪の夢の中。


見ているのは縁起物ではないらしい。


見ているのはおそらく一人。


いつも珪を指名している、あの少女―。


「フフ」


貴文が笑った。


まいりますね、と。


「君達といると、僕まで純粋な気持ちを持った気分になる」


他人を救ってもいいような。
恋敵ができたら戦ってみようかというような。


「前向きな気分になります」


ありがとう、と微笑んで。


貴文は珪を起こさずに出口に向かった。


「よい夢を」


それだけ言って。


ぱたん。


貴文は部屋から出て行った。


しん、とした室内で。


珪の手元から音が鳴る。


春を感じさせるおだやかな着信音。


「ん…」


珪のまつげが軽くゆれて。


「…携帯…」


まだ瞳をとじたまま電話にでる。


「…あけましておめでとう」


珪には相手が誰だかわかっていたらしい。


ゆるく目をこすりながら体をおこす。


「…ああ、寝てた…お前の夢、見てた……」


電話口の相手がなにかを言ったのだろう。


「…ああ」


珪が微笑む。


やわらかな。
やわらかな。


とてもやさしげな表情。


誰が見ても。


電話の相手は珪の愛する人だとわかるはず。


零一。
貴文。
勝己に珪。


ついでに花屋に支配人。


去年はいくつかの面接があったので新人も増えることだろう。


2008年の元旦。


ClubGSにはもう恋があふれている。



→fin←


支配人の益田です。
楽しんでいただけたでしょうか。

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