Catants

□五
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依然として、青年の体調は良くならない。

当然だろう。

深い眠りにつくことなく、常に意識を保ち続けているのだから。

比例して、治りは遅い。

それでも身体を起こせる程度には回復した。

青年は身体をおこして、目を閉ざして、じっとしている。

そして何かが動く気配がすると――たとえそれが木の葉が舞い散る音でも――目を開き、辺りを確認する。

しかし、たいていが人の気配でないことが多かった。

もちろん、医務室である以上人はたくさんくる。

それはそれは、こちらが心配したくはなるぐらいには、頻繁に。

それも多数。

時には大声をあたりにまきちらしつつ。

それでも、青年を目的とした足音が聞こえることは、まずない。

誰も青年がそこにいることは知らない。

あの老人をのぞいて。

そう。

あの老人だけは頻繁に青年をたずねた。

「大分回復したようじゃの。」

嬉しそうに微笑う老人。

青年は頷きもしなければ、ピクリとも動かない。

反応を返さない。

しかしいざという時のために、警戒だけはいつもしている。

いつでも動けるように。


そんな日々が何日か続いた。

老人は相変わらずやってくる。
しかしある日。

青年が、本調子とはいかないまでも、自由に歩けるぐらいにはなったころ。

老人は申し訳なさそうな顔で現れた。

「すまないが、お主にはもう少し不自由してもらうかもしれん…。」

ふと、青年は感じた。

最初に出会ったころの老人。

その時の老人は、にこやかな笑みの中にも、ギラギラとした警戒心のようなものがあった。

それは守るためだと言う。

そのギラギラとしたものが、いつの間にか、消え去っていた。

いつからか。

はっきりとはわからないが、そのことに、青年は気付いた。

最初、この老人は、こんな表情をしていただろうか。

こんな表情を見せていただろうか。

疲れたように座る老人。

真実なのか、演技なのか。

わからない。

この長く白い髪と髭に埋もれた顔の裏には、腹黒いものがあるかもしれない。

それでも、と。

青年は老人に手を伸ばした。
そ、と青年は老人の節くれだった手に、自身の手を重ねた。

老人は青年を驚いたような目で見、ポカンと口を開けた。

いままで、何を言おうと、無言を貫き通してきた青年が。

自身を気遣うような態度をとっている。

そうぼんやりと見つめている間に、青年はさっと手をひっこめた。

その手は、今は布団の下に入れられている。

老人はにっこりと笑った。

「ありがとう。」

そう言って頭を撫で、老人は立ち去った。






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