Catants

□八
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いつも通りベッドの上で、膝を抱え、陽光に包まれながら瞳を閉じる。

光はそれだけで癒しだ。

冷えた身体を暖め、心に一筋のきらめきを与える。

青年は、訪問者――老人が来るまでいつもそうしていた。

老人と、身体を気遣う女医。

それと、何かと世話をやいてくれる、ミネルバ。

この三人は、入れ替わり立ち替わりに来た。

老人がフラフラと遊びに来たかと思えば、ミネルバが様子を見にやってくる。

女医は毎日同じ時間にやってきて、青年の身体を看て、適切な処置を施した。

青年の身体は、ほぼ回復していた。

あとは、動いていなかった数週間分のリハビリと、体力の回復のみ。

しかし、老人の結界はいまだに解かれることはない。

青年も、わざわざ結界を破ろうとはしなかった。

今は、この光があればそれで良い。

そう、思う。

青年は瞼を開けた。

そして、唯一の出入口であるカーテンを見つめる。

その数秒後に、老人がカーテンを引き、青年と目を合わせた。

「おはよう、ラキ。」

老人は相変わらず笑顔だ。

青年――ラキは返事をせず、老人の後ろを見つめた。

身動きせず、足を抱えて座ったまま、ただじっと。

老人はその視線に気付いたのか、ス…と身体をずらし、後ろの人物に道を開けた。

「君に、お友達が必要じゃと思って、連れてきたのじゃよ。」

赤い髪。

美形ではないにしろ、好印象を与える爽やかな表情。

スラッと伸びた背。

黒い、胸に獅子の紋章が刺繍されているローブを纏った……好青年。

「アーサー・ウィーズリーという。君の良き友人となってくれるじゃろう。」

初めて見る、異国の、同世代の青年。

ラキは、衝撃を受けた。

「(髪が、短い…)」

そのことは、青年に少なからず、動揺を走らせた。

髪に霊力がたまるとされる、日本。

髪が短い者は、徳の無い者として、あるいは罪人として扱われ、非難されてきた。

こちらに来てからも、老人は髪も髭も長いし、女医と副校長は高く結い上げていたため、ラキは不思議に思わなかった。

そんな、髪が短い好青年に、老人は親しそうに肩を叩き、楽しそうに青年に紹介をした。

「ラキ、すまないが、君にはもう少し不自由をしてもらうことになりそうじゃ。しかし、わしもこれからは忙しくなり、今ほど頻繁には来れなくなるじゃろう。そこで、アーサーの出番じゃ。」

老人はニッコリと笑い、アーサーの背をおす。

アーサーは戸惑っているようすで、曖昧に微笑った。

「アーサーが君にこの国の言語を教えてくれる。良い暇潰しにもなるじゃろう。」

ニコニコと。

これこそが最高の提案なのだと言うように、老人は微笑う。

好青年は、困ったような笑みを浮かべて、青年に手を差し出した。

「I'm Arthur.Nice to meet you.」

「……?」

差し出された手は、この間この国の儀礼なのだと習った。

しかし、言語はまるでわからない。

青年は、とりあえず、老人をかえりみた。

「初めまして、と言ったのじゃよ。」

青年は戸惑いながら、もう一度振り返り、差し出した手をどうしようか苦笑している好青年の、手を握った。

「…よろしく。」

日本語で、そう呟く。

好青年は戸惑い、青年も戸惑った。

今日の老人は、どこまでも、無責任であった。

「ではアーサー、頼んだぞ。」

「Professor!」

老人はニコニコと微笑い、全く構わずに、出ていく。

好青年は困ったようにし、とりあえず、微笑った。

青年は表情を変えず、身動きもせず。

ただ好青年を見つめる。

好青年は、今までの短い人生の中で、今日ほど、浅はかに校長の誘いに応じたことを後悔した日はなかった。





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