【ハッピー(?)バレンタイン!】



2月14日。

乙女の祭典。
愛の告白を告げる日。

今まで僕にとってはあんまり関係ない日だった。
僕たち(僕とアナトール)はバレンタインチョコなんか貰ったことないし。
ホグワーツに入ってもそれは変わらないと思ってた。

でも…


「ハリー、起きて!」

「ん…?」


やけにハイテンションなアナトールに起こされて。
すぐに気が付いたのは、異様な甘い匂いだった。


「な、なにごと…?」

「レグルスの…」

「レグルス?」

「レグルスのバレンタインデーのプレゼント!!」

「…は?」


アナトールに眼鏡を渡されて掛けると、すでに起きていたアナトールは眼鏡を掛けていて。

そして部屋の向こう側―――レグルスのベッドあたりがプレゼントの山で埋まっていた。

大きな山だ。

ベッドに乗り切らなかったプレゼントが床にたくさん転がっている。


「…レグルスは埋まっているの?」


昨日、確かレグルスは彩音に怒られて自分のベッドに入ったはずだ。

そのままなら、レグルスを掘り返すところから一日が始まる。


「ううん。」

「こっちいるよー。」


彩音の声がしてアシュレイのベッドに目を向けると、彩音が寝巻きのままベッドにあぐらをかいて座っていた。

その左隣ではアシュレイがクッションと彩音にはさまれて座っていたし、レグルスはというと、ぐったりとベッドにうつ伏せになっていた。


「昨日の夜から埋められそうになって、夜中にもぐりこんで来た。」

「プレゼントで圧死なんて素晴らしいじゃないか。」

「そうは思わなかったみたい。」


肩をすくめて見せる彩音。

金の髪がさらりと肩から落ちた。

レグルスはこころなしか怯えている。


「とりあえず、暖炉前に移動だな。」

「「?」」


彩音が呟いた、意味がわからなかった。







「わーこれ全部レグルスのかい?」

「うん。」

「で、何してるの?」

「選別。」

「「え?」」


黙々とした作業だった。

包みを開いて、アシュレイに見せる。

アシュレイは魔法に敏感だ。

魔法がかかっているかどうか、見て触れるだけでわかるらしい。

それが愛の妙薬でもね。

普段はそれが敏感すぎて、自分も感化して、すぐに気分が悪くなるらしい。

でも、魔法というか…魔力より魔法薬のほうがずっと“優しい”らしい。

アシュレイの母方の血が関係しているらしいが、詳しくは知らない。

プレゼント自体に魔法がかかっている場合は、アシュレイが開ける前に止めていた。

なんとも便利な能力だ。

アシュレイは、以前は「厄介な能力」と言っていたが、充分にその能力と付き合っていけているようだ。


でまぁ。

アシュレイが「駄目」と言ったやつはそのまま暖炉行き、大丈夫なやつは机の上に。

とやっていたのだが。


「お、終わりが見えない…!」


これでも減ったのだ。

主に暖炉に消えて。


「女って怖いな。」

「普通こんな魔法かけるか?」


僕とロンが呟く。

学校中の女子から来たんじゃないのか、これ。

僕たちはもはや作業に飽きて、リオンさんやロンのお母さんから貰ったチョコに口をつけていた。


「それだけレグルスが手ごわいってことよ。」

「手ごわい?」

「ええ。だって、レグルスは正直に言って彩音とアシュレイしか見えていないもの。だからどうにかしてでも、それが例え一時の夢でも、手に入れたいものなの。」


ハーマイオニーはさらりと言うが、そんなものなのか?

そして当のレグルスは、朝から女の子の告白&プレゼントラッシュにあっている。

そんな時にウィーズリーの双子がやってきた。

彼らが言うには、レグルスを最端に長蛇の列が出来ているらしい。


「選別、ねぇ…」

「大変そうだな。」

「まぁね。」


彩音が大変そうじゃなく答える。


「もうがさっと掴んで暖炉に捨てたらどうだ?」

絶対駄目。食べ物を粗末にすることは俺が許さん。」


彩音の家は、すごく貧乏らしい。

聞いただけだが。

彩音が黙々と選別している間にも、梟が飛び交っていた。

もう恐ろしいよ。

そんな時。


パチッ!

「っ、ぁ…」


彩音がうめいて、手を押さえた。


「あや、…!」


アシュレイが叫ぶ。

彩音の手が焼け爛(ただ)れていた。


「彩音!」

「彩音、あなた手が…!」

「いた〜。」


ぶんぶんと手を振る。

煙を立てていた。

彩音が開けたであろう箱は床に転がり、なにかの液をたらしていた。


「彩音…!」

「大丈夫アシュレイ。これなんかの樹液だよ。なんだっけな……。」


うーん、と考える彩音。

彩音はそう言いながらもハンカチを出して手に巻きつけている。


「たんなる樹液だからアシュレイが気付けるわけない。だから自分責めないで。俺は大丈夫だから。」

「、彩音…」

「だーいじょうぶ!元はといえば人に選別まかして出歩いてるラスが悪い!ね?」


彩音はそれを証明するがごとく手をブラブラとふった。

顔は笑顔だ。



「大丈夫だし、選別しよ?んで食ってやれ。」


冗談を言う彩音。

だが誤魔化されるはずがない。

明らかに異臭を放っている。

肉が焼ける匂い。

大丈夫じゃない。


ガチャ…


寮の扉が開いた。

レグルスが目を見開いて立っている。

早くも異臭の正体に気付いたのか、早足で彩音のところへ行った。


「な、に…」

「なんでもない。」

「う、そ…!」

「嘘じゃない!どけっ」


彩音は手を後ろに隠して。

詰め寄るレグルス。


結局はレグルスが彩音の手を無理やり引っ張り出した。


さっとレグルスの顔が青ざめ、床に転がる箱を見た。


「は、うわッ!」


そして彩音を肩へ抱き上げると、今入ってきた扉へむかった。


「ええい!どうせ抱くならもう少しましな抱きかたしろ!」


出口付近でそう叫ぶ彩音の声が聞こえた。






30分後、彩音は何事も無かったかのように帰ってきた。

そしてこちらも、 用 は 済んでいた。


「す、すみませんでした…!」


主謀者を突き止め、制裁を与える。

発案は青銀の天子様。

実行は悪戯仕掛け人。


その青銀の天使は、今はにっこりと笑っている。


犯人はもう決して他人に手を出そうなどとは考えなくなるだろう。

少なくとも僕だったらしない。

そんな愚か者はこの世にはいないと思う。


犯人は正座で泣きながら謝り続けている。

よほど怖い目にあったのだろう。

震えている。


彩音は溜め息をついて、男を見下ろした。


「もう良いよ。帰りなよ。もう二度としないこと、わかった?」

「はいいいいぃぃぃもう絶対しませんんんんん」


彩音は優しいな。

手本気で焼け爛れてたのに。


あるいは本気で泣いている様子をかわいそうだと思ったのか。


………。

後者かもしれない。


男は逃げるように去って行った。


「ラス…」


アシュレイがレグルスを呼んだ。

彩音は嬉々としてレグルスから離れ、椅子に座った。


「これ…」


アシュレイが差し出したのは、一つのチョコレート。

シンプルな、生チョコで、とてもおいしそうだった。


「唯一…安全だった…やつ、で…」


受け取るレグルス。

彩音をさっと見返り、彩音は肩をすくめて見せた。


「チョコ一つ食べるのに俺の指示がいるわけ?」


そう言われれば食べるしかないが、やはり彩音が傷付いた分、食べる気がしないのだろう。

アシュレイはそっと微笑んだ。


「きっと、おいしいから…食べて、みたら…?」


アシュレイにまで促されて、レグルスはしぶしぶ食べた。

みんなでそれを見つめる。

見ていないのは、本をさっさと取り出して読んでいる彩音だけだ。


さっとレグルスが立ち上がった。

迷いなく足取りは彩音の元に向かった。


「なに…」


彩音の台詞が終わる前に、さっとレグルスは彩音の本をとって、背後に投げ捨ててしまった。


「おまっ…!」

「彩音、」

「なんだよ!」


イライラした声。

本を追いかけようとした身体はレグルスの腕に押さえられている。


彩音に構わず、レグルスはつむいだ。



「愛してる。」



愛の言葉を。


「愛してる、彩音…」

「…アシュレイさーん」

「はーい」

「さっき食べたやつ、なんか魔法かかってたんじゃないのかなー?」

「たくさん、見たから…間違えちゃった。」


てへっと笑うアシュレイ。

彩音はうんざりしたように椅子にもたれた。


「彩音、彩音…」

「鬱陶しい。」

「彩音、愛して…」

「だったらどけ。」

「彩音…」

「………。」


甘えた様子のレグルス。

うんざりした彩音。

それを遠巻きに見つめる僕たち。

ニコニコと笑うアシュレイ。


彩音がレグルスを殴り倒す、15秒前のことだった。





おわり


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