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□犬猿の仲だった
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あたしには犬猿の仲に値する奴がいる。

小学1年生、旅行に行った絵を描いた。
上手く描けたし友達も先生も褒めてくれた。
とても嬉しかったけど、1人の男の子には「下手くそ」と言われ、すごく悲しかったのを覚えいる。
仕返しとばかりに猫であろう絵を見て「あんたの絵…これ何?カバさん?」と言ってやった。
小学4年生、廊下で鬼ごっこをしていたから危ないよと注意した。
そしたら「うるせぇ!」と言いながらあたしの体を尻餅つく程どんっと押した。
仕返しとばかりに奴が階段を降りている半分の所で思い切り背中を押し落としてやった。
中学2年、提出のプリントを出さないから催促すると「うるせーよブス」と返ってきた。
仕返しとばかりに「あんたも鏡見たら?髪しか見てないの?」と言ってやった。
そして現在、奴は高校には行ってないからもう会わないし遭いたくもないと思っていた。

「おーい名無子、コーヒーはやくしろよ」

何でバイト先が奴が所属してるバイクチーム?の溜まり場なんだ!
そう思うも早3年、チームリーダーは2人変わり今は奴と同世代の子が引きいている。

「はいどうぞ大仏さん」
「なんだよ奈良と掛けてんのか?面白くねー」
言われたら言い返す、やられたらやり返す!倍がえ……あたしも、ついつい構ってしまうんだ。
小学校からの犬猿の仲、奈良明に。
何故か奈良はあたしに突っかかってくるんだ。
本当にやめてほしい。

「おい何処行くんだよ」
「…仕事中ですので」
「ハッ、お前でも仕事すんだな」

なんだ、なんなんだ。

「奈良、そういう事言うから彼女いつまで経ってもできないんだよ」
「…うっせぇ!お前こそ相手いねーじゃん…まぁその見かけじゃあなぁ?」

いつものように言い争いになるのはいつもの事なんだ。
ただ、久々に小学校からのこいつとの思い出をひっくり返したら、今日はいつも以上に怒りに満ちている。
だから、いつもの調子だったらさっさとお店のカウンターに戻るんだけど、今日はどうしようもなく奈良が絡むとイライラしたんだ。

両手で頭を掴み、噛み付くように奈良の口にキスしてやった。
咄嗟の事であんぐりと口を開けたので舌も入れて、歯並びを舌でなぞる。
たっぷりと濃厚なのをお見舞いし、とどめとばかり唇を舐めて離れると、奈良の口からはだらしなく唾液が漏れていた。
顔も真っ赤で、こんな奈良は初めて見るかも。
今までにない仕返しが出来て満足だ。

「ハッ!どうだ?ブスにキスされた感想は?バーカバーカ!」

そそくさとお店の裏に逃げた。
その間に見た奈良の友達もあんぐりとしてて面白かった。
もう上がる時間でよかった。
そのままエプロンを終い、マスターに声をかけてお店を出る。
奈良に何か言われてその度に仕返しするのも疲れるもんだ。
でも、今日はまさにしてやったり。
…明日もバイトで来ることになるけど、いったい何をされるのやら。

翌日、奈良は来なかった。
特にずっと気になる事でもないしむしろ好都合。
奈良の友達の将五君達も、昨日は面白い顔してたけど普通に接してくれた。
翌々日、奈良が来た。どことなくおかしい。
いや明らかにおかしい。明だけに。
シャレを言ってる場合ではなく、奈良が今日は全くあたしにからでこないんだ。
普通にコーヒーを届けたらあたしに「サンキュ」という謎の言葉を言う程であるためどこかおかしいのは間違いない。

今日、奈良が狂った。

「よう…」
「……」
「無視すんなよ」

学校を出たら、奴がいた。
こんなとこまで押しかけるとはさすが奈良…実に迷惑だ。

「何か用?こんなとこまで」
「今日、マスターがお前学校遅くなるから休むって聞いてよ…もう1
9時で暗れーし」

おいどうした。
いつもの威勢はどうしたんだ奈良。

「あんた昨日から変」
「……」

思った事はそのままというか、目の前にいる奴のおかげてすぐに言い返せるようになってしまったんだ。
なのに、奈良は全く返さない。
何か手の込んだ企みでもあるの?
そう言おうと口を開けるが、奴がやっと喋りそうなのでまた閉じる。

「俺よ…今まで名無子に何かと突っかかってきたけどよ…」
「……」
「あれは…全部照れ隠しっつーか」
「……」
「その、次の日ずっと、考えて…」
「気持ち悪い」
「は…?」

本当に、どうしたのよ…いつものあんたは勇気を振り絞るようにあたしに話しかけるようなことしないじゃない。
あたしが何かする度におちょくるじゃない。
気の利いた言葉なんて昨日まで一度だって言わなかったのに。

スラスラと口から言いたいことを流していくと、奈良は自覚があるのか苦笑い。
あんただけわかってて、自分が理解してないのに腹が立った。

パシンッ!軽く奈良の頬を叩く。
いつも、そう、いつもこんな感じで、そしたら奈良も…

だけど、奈良はあたしの手首をまるで壊れ物を扱うように優しく掴んだ。
喧嘩をする奴の手はゴツゴツしていて、貧弱な自分の手と物凄い差があった。
叩いたってのに反撃もしなければ怒鳴ることもない。
する気がないよりもしたくない、そんな顔だった。

「俺、小学校の頃から名無子の事好きなんだけど、よ…」
「は…?」
「だから、今までの名無子に対する態度は…ガキっつーか…」
「…そんなの、伝わんないし」
「ハッ、全くだな」

好き?奈良が?あたしを?
…それじゃあ…つまり…

「あたしとのキス、嬉しかった?」
「……」

なるほど、だから次の日色々考えてたんだ。
………この後どうしよう。
あたしの事好きだから今までのは照れ隠しだからごめんなって事でいいの?
でも、こんな事言うってつまりあたしへの対応は今みたいな、昨日みたいな感じになっていくって事?
そんないきなり奈良が変えてもあたしはどう返していけばいいんだ。
今後の展開を悶々と考えていると、あたしの手首を掴んでいる奈良の手が、優しく手をその大きな手で包む。

「そのよ、俺達よ…付き合う事ってできねーか?」

ぎゅっと握ってくる奈良の手が熱い。
ついでに顔が真っ赤だ。真っ赤っか。
きっとあたしの顔も赤いんだろう。
だけど駄目だ、あたしと奈良…長年の犬猿の仲はそう簡単に…

刹那、急に奈良が距離を詰め、視界にいっぱいの厳つい顔。
リップが鳴るように口付けられ、本当に目の前にいるのがあの奈良明なのかと疑いたくなる。

「なぁ…ダメか?」

この瞬間、彼の中では既に、犬猿の仲は終わっている事、そして戻る気はないのを理解した。

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