Novel

□団子待ち
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 今は山の麓にある茶屋で一休みしている最中。長い間歩き通していてやっと休めると一息ついたところであった。疲れたなぁ、と声を隣に座っている薬売りに掛けると、えぇ、と一言だけ返ってきた。
ふと、視線を薬売りに向けると、まじまじとこちらを見つめていたようだった薬売りと目があった。

「本当に小田島様は…」
「ん?なんだ?」

 切れ長の瞳がすっと細められる。

「もてなさそうですねぇ」
「なっ!!」

 なんだと!?と声を荒げようとしたが、茶屋の店員が茶を運んできてくれたのでぐっと堪えた。

「…お前は、どうなんだ?」
「俺ですか?…ご想像通りですよ」
「………」

 意味ありげに微笑む顔が憎たらしい。女人はこのような笑顔に弱いのであろう。小田島も確かに美麗であるとは思っているが、如何せん薬売りの性格を少しばかり知っているためか、素直にただ綺麗だと賞賛することが出来ない。

(あいつの腹の内は真っ黒に違いない)

 毎回こうしてからかわれている小田島はそう思っていた。

「その顎…岩をも割りそうですね」
「割れるわけないだろう…」
「遊ぶのも上手ではないし」
「…真面目だと言ってくれ」
「真面目すぎると、すぐ飽きられちゃいますよ」
「…俺みたいな真面目な男が一番だと言われたぞ」
「ほぉ…どなたに?…身内の方ですか?」
「っ!……誰でもいいだろうが」
「ふふ…図星ですね」
「うるさい!!」

 小田島はぐいっとまだ十分熱い茶を一気に飲み干した。喉が火傷したように熱いが、それを怒りと一緒に我慢するように食いしばって耐える。薬売りは子供だ。子供の言うことにいちいち怒っていてはきりがない。小田島はそう自分に言い聞かせた。

「やっぱり…小田島様は面白い」
「あまり大人をからかうな」
「からかってなど…。それに俺も大人ですよ」
「お前の何処が大人だ。人の揚げ足をとっては楽しんでいるくせに」
「えぇ、楽しんでいますよ」
「………」

 珍しいことにくすくす笑いだす薬売り。人をからかって楽しむなど悪趣味な、と小田島は軽く睨むが、薬売りの笑いは止まらない。小田島はため息を吐く。いくら言っても仕方ないように思えたのだ。

「…怒りましたか?」
「……もう良い」
「怒らないで下さいよ…小田島様」
「もう怒ってなどおらん」

 また一つため息を吐き、湯飲みの飲み口を軽く撫でる。そういえば頼んだ団子はまだ来ないのだろうか、と思い店の奥を覗き込もうと首を動かす。まだ準備しているのだろうか、奥から人が出てくる気配はない。
 ふと、視線を感じて視線を動かすと、深紫の瞳とかちあった。

「小田島様は…もてなくていいです」
「は?きゅ、急になんだ」

 まるで引きつけられ吸い込まれてしまいそうな美しい紫。

「小田島様を知っているのは、俺だけで十分、だと言うことです」
「…意味がわからん」
「ふふ…分かっておられるくせに」
「な、なんだ」
「…野暮なお方」

 またくすくす可笑しそうに笑うと、小田島のすぐ隣に座り直し、そっと肩に頭をのせた。

「あ!こらっ…人目があるというのに…」
「…人が来たら離れますよ」

 小田島の肩にもたれたまま、深紫の瞳はゆっくりと閉じられる。小田島はなんとか離れさそうとするが、退かそうにもその薬売りの表情がなんとも気持ちよさそうだったので、どうすることも出来ず、とりあえず薬売りの頭が落ちないようにじっと動かないようにしているしかなかった。
 肩口で薬売りの静かな呼吸音が聞こえてくるのを感じる。

「俺を知っているのがお前だけだとしたら…俺は一生誰も娶れないではないか」

 そう一人でぼやいていた。




*************************

 その頃、店内では…。

「店長…店先でいちゃつかれて迷惑です」
「注文の品を持っていっていいのか…どうしましょう」
「…帰ったら速攻で塩をまくぞ。準備しておけ」

 言い合いしていたと思ったら急に二人だけの世界を作り出した客を、店内から様子を窺っていた三人は、どうやって注文された団子を持っていけば雰囲気を崩さずにすむかということについて真剣に話し合っていた。




おしまい




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