Novel

□ホトトギス
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「さて、そろそろ外を掃いてきておくれ」
「はい」

 祖父でもある和尚に大きく頷いてみせると、少年、孝太は元気よくほうきを持って外に飛び出していった。

 地面を覆い隠すイチョウの葉を綺麗に掃くことが孝太の仕事の一つであった。小さな寺ではあったが、すぐ近くに管理している霊園もあるため参拝者も多く、落ち葉に滑って転倒しないように掃除をする事はとても大切な仕事であった。寺を継ぐはずの孝太の父親は、孝太が小さい頃に亡くなっている。そのため次の継承権は孝太に移り、その修行を兼ねこうして一人で寺を切り盛りする祖父を手伝っているのだ。境内の掃除は孝太の仕事であり日課であった。

 境内に上る階段を綺麗に掃除し終え、孝太は一つ伸びをした。ほうきを持って飛び出してから早一時間を経とうとしたところである。この季節となると、毎日でも掃かないといくらでも積もって段差も見えなくなってしまうから、少しでもさぼると後が大変なのだ。

日も傾き初め、太陽が紅く染まっていく。孝太はほうきを肩に担ぎ、少し下ったところにある霊園を見下ろす。眼前には管理されているたくさんの墓。いつも見慣れた風景だ。夕日を浴びていくつもの墓が淡く輝いている。その中に小さな動く陰を見つけ孝太は走り出した。

「薬売りさん!」

 孝太はとある墓の前で手を合わせる青年に駆け寄った。薬売り、と呼ばれた男はゆっくりと振り返る。日に浴びていないかのような青白い肌の麗人は、目を細め立ち上がった。

「これはこれは…孝太、殿ではないですか。お久しぶりで、ございますね」
「はい!本当にお久しぶりですね。今年はもう来ないのかと思って心配していました」
「おや、心配してくださったので?それは嬉しい…」

 笑っているのかいないのか、それは微かな頬笑みではあったが、孝太は思わず頬を熱くさせてしまった。
 孝太はこの薬売りと呼ばれている男が気になっていた。年に一度、それはどの季節か分からないがかならずこうして現れる。その姿は孝太が幼い頃初めて出逢ったときから何一つ変わっていなかった。

「…お話、たくさんされましたか?」
「………えぇ。何せ今回は来るのが遅かったものだから…少し怒られてしまいました」
「あははっ、そうですか」

 愛しそうに指を這わせるその墓は、もうずいぶんと古い物らしく、よく文字が見えない。一度、この墓に眠る人の名を訪ねたが、薬売りは笑うだけで教えてはくれなかった。

「ねぇ、薬売りさん」
「…はい?」

 何年も何年も、こうして墓参りしている相手は誰なのか。その方とはどういった関係なのか。孝太は気になって仕方がなかった。

「………いえ、呼んだだけです」

 孝太は口から出かかった疑問をくっと飲み込んだ。今更聞いても幼いときのようにまた誤魔化される気がしたのと、何故か聞いては気の毒なような気がしたからだ。
 急に黙りこくってしまった孝太を薬売りは気にしていない様子で、また墓を撫でながら今度はぶつぶつと語りかけ始めた。また、冬が来るのですね、とそれだけが聞き取れた。

 そのまま、薬売りが帰り支度をするまで、孝太は話をする事が出来なかった。









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