短編
□風の音と
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《その先に―@》
観客の声が耳に痛い。私が経験した試合の中で一番かもしれない。
応援席には私の名前が書かれた応援旗なんかもある。
(私の最初の公式戦はお客さん全然いなかったっけ)
視線を客席からトラックに移す。目前に見えている100mの直線。私は程なくしてこの直線を駆け抜けて行くだろう。ただただ、駆け抜ける速さを競う競技。私はそのシンプルさが気に入っている。
ドクン
心臓が高鳴っているのが解る。高鳴る心臓と同時に何度味わっても慣れない複雑な感覚が湧き出してきた。横目で私と競う選手達を見る。どの選手も自分が走るべき道のみを見つめている。
ドクン
狂喜と恐怖が溶け合う事なく、私を掻き乱していく。笑い出したい程嬉しいのに、叫び出したい程恐ろしい。とても不思議な感情。
ドクン
私はこの不思議な感情と共に思い出す。私の前を走り続けていた彼女の事を。
ドクン
そしてゆっくりと周りの音が消えていく。