ひと時の恋

□愛惜
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「九郎殿……」


月明かりに照らされたその横顔はとても美しく、とても儚げだった。


「……駄目だ。約束しただろう、もう二度と…」



───逢わない事を




「ですが……!私は…貴方を……」

「それ以上言うな……俺だって…!」



このまま連れ去ってしまいたい



決して口にする事の出来ない言葉を、ぐっと押し込め九郎は口をつぐんだ。


「生きる場が違いすぎる……俺は源氏の武士…お前は…


……平家の姫だ」


「その様な事、承知しております…それでも、私は九郎殿を愛してしまったのです……」



例え、貴方が誰であろうと

貴方が貴方である限り

私は九郎殿を愛した事でしょう……





手を引き、九郎はその華奢な身体に腕を回した。

安心する匂いを感じ、首筋に顔を埋める。九郎をそっと抱き締め返すと、更にきつく抱かれる。



「九郎……殿…っ」


幾筋もの涙が頬を伝う。九郎はそれを指で掬い上げると、瞼に口付けを落とした。


「何故……こんなにも遠いんだ…お前を手に入れたいのに……それは永劫叶う事はない……!」




九郎の肩が震えているのが分かる。だが、どうする事も出来なかった。



  “源氏と平家”



二人に重くのしかかる、未来永劫無くなる事のない見えない壁。







【源氏の者が入り込んだぞ!探せ!】
【こっちには居ない!向こうだ!】


松明があちこにに点々とちらつき始めた。二人の別れの時が刻々と迫る。




「…これで、本当に最後になるだろう…
俺は、この戦に総てを懸けている。戦が終わっても、命が有るとは限らない。

お前は生き延びろ。そして

俺の事など忘れて……俺以外の誰かと、幸せになってくれ…」



離れた身体が妙に冷たい。屋島の潮風が二人の頬を掠める。


「く……ろう…殿…!」



膝から崩れ、地に伏せる。もう、九郎の姿はそこには無かった。






『これだけは忘れるな……俺はお前を愛している』



最後に囁かれた言葉はいつまでも耳に残り、涙を煽るばかりだった。




互いに敵同士でなければ、何度そう思った事か。

だが二人には、それを解決する術は一つも有りはしない──





□■□■□■□■□■□

すっごいシリアスに突っ走りました。話の場面は源氏と平家の最終決戦の地・屋島(壇ノ浦)辺り。
普通ならこういう場面では知盛とかを出すのが良いのかと思ったのですが、やっぱり九郎が好きだったので^^

真っ黒な九郎も、娘にデレデレな九郎も好きですが、愛する人を思って涙を流す九郎も良い……!(笑)

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