short story


□箱舟の示す先に
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―箱庭を騙る檻の中で 禁断の海馬に手を加えて 驕れる無能な創造神にでも 成った心算なの…?








―Love wishing to the “Ark”








少年は一人、狭い室内で立ち尽くしていた。
両の手は赤黒くべっとりと濡れ、その先には鈍く光を放つ銀の刃が見える。
切っ先からは同じく赤黒い液体がぽたぽたと滴り、彼の足下に作られた水溜まりに吸い込まれていった。


「ぁ…、はは…」


少年はその端正な顔の口元を歪めて、渇いた嘲いを漏らす。


「ふ…はは!あはははは!!」


堰を切ったかのように高らかに笑う少年の足下、水溜まりの上に倒れ伏した人物はぴくりとも動かない。
血の気を失った肌は青白く、ふわふわであっただろう癖混じりの髪の毛は、今やぺたりと張り付いている。


「さぁ、楽園へ還ろう…スザク」


手にしていたナイフがするりと少年の指を擦り抜け、床にぶつかった。
そうして、少年がスザクと呼んだ彼の前にしゃがみ込み、その体に抱きつくように腕を伸ばす。
愛しげに腕を回してスザクの頭を胸に抱き、少年は恍惚とした表情を浮かべたのだった。





薄暗い室内に青白く浮かび上がるモニターを眺めながら、白衣の男がおもむろに携帯電話を取り出す。
モニターの中には、血溜まりの中で蹲る二人の少年の姿が写っていた。


「あ、シュナイゼル殿下?」


何度目かのコール音の後繋がった電話を肩で支え、男は手早くキーボードを打っていく。


「今回も駄目ですよぉ。被験体1069通称“ルルーシュ”、被験体1076通称“スザク”を殺害、ケースナンバー12!過剰投影型依存で袋小路〜」


<虚妄型箱舟依存症候群>と打ち込みながら、男は電話の向こうへ耳を傾ける。
落胆したような溜め息を聞き、彼もそれに同意した。


「いい加減諦めたらどうですかぁ?何度やっても結果は同じ、ルルーシュ君はスザク君を偏愛しちゃうしぃ、スザク君はスザク君でジレンマに陥っちゃうしぃ…」


過去のデータを照らし合わせ、男はうんざりとした口調で言う。
そこへ至るまでの経緯こそ違うものの、結果はいつも同じなのだ。
どちらかが相手に異常なまでに依存し、最終的にはこの空間に堪えきれなくなり脱却を図ろうとする。

その手段として一振りのナイフを与える事も、ここでの男の役目であった。


「えぇ、そうですねぇ。彼はもう駄目でしょうねぇ。引き取るんですかぁ?」


一人残された少年は、依然として起き上がる気配もなく倒れた少年に縋っているようである。


「…、そうですかぁ?はいはい、仰せの通りにぃ」


言って、男は切れた電話をしまい、報告書を纏め上げようとキーボードに向かった。
軽快にキーを叩く音が響き、次々と画面が埋まっていく。
ふと男がモニターに目を戻すと、少年の後ろには見慣れない仮面の男が立っていた。


「死神か果たして…」


呟いて、彼はそれに気にも止めずに再び作業に戻る。
新たな被験者をリストアップしながら、男は思った。
こんなシミュレーション、何度繰り返したところで結果が変わることはないのだと。
“ルルーシュ”は“スザク”を、“スザク”は“ルルーシュ”を、最後にはどちらかの命が奪われる。
彼等の辿った道の通りに。



―二人一緒に。

彼等のささやかな願いは、いくら実験を繰り返そうと叶う事はないのだ。



「箱舟なんて、ありはしない…」



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