short story


□金魚すくい
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冬の夜空はどこまでも透明で、手を伸ばせば届きそうな星達が静かに見下ろしている。
街灯も少ないこの道に、月明りがよく映えていた。
吐き出した息がうっすらと靄になっていくのをぼんやり見ながら、僕は足取りも重く、つい一時間程前に飛び出してきたマンションへと向かう。
自分の家に帰るのにこうも気が重たいのは、ひとえに飛び出したその理由にあるわけだけど。


冷静になってしまえば、何のことはない。
些細な意見の相違が生んだ結果であった。
それも、今となってはとてもくだらないことに起因している。

珍しくルルーシュが癇癪を起こして、これまた珍しく僕がそれを上手くかわせなくて。
つまりは犬も食わない何とやら、なわけだ。




僕は玄関のドアに手を掛け、深々と溜め息をついた。
ここを開ければ、きっとルルーシュと顔を合わせなければならない。
僕に出て行けと言って、まさかルルーシュまで外には出ていないだろう。
彼に出て行ってもらいたくなくて、僕はルルーシュの言う通り外に出たのだし。
こんな夜更けに、僕ならばまだしも、ルルーシュが外に出るのは危険だ。
彼は壊滅的に体力がない。
もし襲われたとしても、抵抗らしい抵抗も出来ないんじゃないかと思う。
そんなこと本人には言わないけれど。
言おうものなら、もれなく第2ラウンドに突入間違いなしだ。


僕は意を決して玄関のドアをくぐる。
殊の外大きく響いたドアの開閉音に、僕はびくりと肩を揺らした。
普段は気にも止めないような音にさえ、過敏に反応してしまう自分が可笑しい。

リビングを窺うようにして、物音を立てないよう、気配を気取られないよう、慎重に進む。
が、リビングにルルーシュの姿は見えず、安堵すると同時にどこに行ったのかという疑問が首を擡げた。
靴はあったし、中にいる筈なんだけど。
そうなると寝室にでも引き籠もっているのだろうか。
僕は寝室へと続く扉を見ながら、何度目とも知れない溜め息をついた。

この部屋唯一の寝室をルルーシュに占拠されている。
必然的に僕はリビングで夜を明かす事を強いられるわけで。


「謝った方がいいのかな…」


つい漏れてしまった呟きに、僕は慌てて手で口を覆って辺りを見回した。
そこにルルーシュの姿がない事を確認して、ほっと息をつく。

よくよく考えれば、過去にルルーシュから折れた事なんて一度だってない。
いつも根負けした僕の方が折れてばかりだ。
今回ばかりは、ルルーシュの方から謝らせてやろう。
ふと、そんな考えが僕の頭を過ぎった。

僕だってルルーシュと喧嘩がしたいわけではないし、さっさと謝ってしまった方が楽に治まるのも分かっている。
けれど、ルルーシュの思い通りの僕になってしまうのも嫌だった。
なけなしのプライドとでも言うのか。
勿論彼の矜持は僕なんかと比べ物にならないくらい、高いのだけど。



そんなことを考えながらリビングと寝室の前とを行ったり来たりしていると、不意にドアが開きルルーシュが顔を出した。
じろりと、鋭い紫の眼光が僕を射抜く。
そうして、漆黒がルルーシュの顔に影を落としたかと思うと、彼がぼそりと呟いた。



「…おかえり」


言うや、すぐにドアが閉まり鍵の掛けられる音がする。

僕はルルーシュのまさかの行動にぽかんと口を開け、その場にぺたりと腰を下ろした。
待ってくれていたのだと、思ってもいいのだろうか。


「ただいま…あと、ごめんね」


ドア越しの彼に届け。
僕のつまらないプライドは、ルルーシュの不意打ちに呆気なく崩れるのだった。





END.

Short
→あとがき
 

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