長篇:箱館 novel

□いざ、蝦夷へ!-第1幕-C
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新生新選組


浜辺へ戻った土方と定敬を待ち構えていたのは、
血相を変えた桑名藩士(現新選組隊士)だ

「若!何処に行っておられましたかっ?!」

声を荒挙げて厳選された三人の随行者が一斉に定敬を取り囲む。
それに定敬は腕を組んで、ぷくっと頬を膨らませた

「お主らが何処かに行っていたんだろ。勝手な行動は慎め」

「申し訳ありません」

そう言う定敬だが、
港町と浜辺などを行き来する新選組に入った家臣らを視察しようと来た際に一人紛れ込んで行方を眩ましたのだ。
そして港町や宿舎や浜辺など手当たり次第に走り回った随行者らは見るからに心労しきっている。
土方は心情を察しながらも苦笑いを浮かべるしかない

「船まで捜しに行ったのだぞ」

「それで土方さんが御一緒に。御手数をお掛けしました」

三人の合間から現れ土方へ丁寧に頭を下げるのは、森常吉である。
新選組入隊した藩士らの纏め役兼いまとなっては新選組幹部。
流石は元公用方らしく落ち着いた態度で人当たり良さそうな振る舞いだ

「船の様子はどうでしたか?」

「問題無い。榎本がおった」

「そうですか。代表にお会いして来たんですね。ご苦労様でした」

定敬の扱い方にも手慣れた様子だ。
若様も森の会話ですっかり機嫌も良くなったらしい

「後は我々にお任せ下さい。島田さんなら向こうに、いらっしゃいました」

「あぁ」

常吉に言われたまま定敬を託し。
後方を振り向くと、島田がこっちへ駆け寄って来ている


「早かったですね。此方は問題ありませんよ」

「そうか」

早かった。と言っても半日を過ぎている程だ。
しかし、随分と土方を気に入っている榎本にしては解放されたのが早いくらいだろう。

各場所で手筈を整えている最中に全指揮を取る土方が持ち場を離れて誰もが何も言えないのは、
無論榎本が代表であるが故の暗黙の了解だ。
寧ろ、榎本に口答えをしようものなら仙台に置いて行かれる。
そして、忙しいと文句を言いながらも出向く土方を見てしまえば、大人の事情で言えやしない

この状態が蝦夷でも続くのだろうか…
と頭を抱える相馬を島田は目撃した事もあった


「おい島田、ちょっと耳貸せ」

クイクイと人差し指を動かされ、島田は首を傾げながら少し屈んで土方の背に合わせる

「目を離すなよ」

「何がですか?」

かなり土方の声は小声だ。
思わず島田も小声ながら返すと、
土方の視線だけが背後の桑名の若君を取り囲む連中に向けられる

島田は大鳥と同様に定敬も会津から接する事が多かった付き合いだ。
直ぐに土方が言わんとしている事を察した

「手に追えねぇなら、少し力貸してやれよ」

ポン、と島田の背を軽く叩いて港の方へ土方は向かった

三人でも手に余るなら新選組に配属なったとは言え定敬ストッパーの森は貴重な逸材だ。
猫の手も借りたい程の忙しさで出向いているのを邪魔された事でご立腹とまではいかないが。
何だかかんだ言いつつやはり榎本にも甘い土方である





そして、大海原が赤く染まる頃合い。
浜辺で積み荷をしていた安富ら数人の新選組隊士の方へ一隻のボートが近付いて来た

沖に碇泊しているのは見方の軍艦だから敵では無い。
よく眼を凝らして見れば、ボートに乗っているのは一人だ

「…榎本代表…?」

見間違いでなければ総代表である榎本が一人でせっせとボートを漕いでいる。
それが水際まで来ると、
榎本はこちらへ向けて手招きを始めた

安富が膝下程まで海水に浸かりながらボートへ近付くと、それは確かに榎本だった

「宿舎へお戻りですか?お一人で出歩くのは如何なものかと…」

殆んど開陽に引き隠りの榎本だが、幹部達はちゃんと町中にある豪商の家へ宿泊している。
しかし、その町中を総大将の榎本一人で出歩き。何かあってからでは遅い

「護衛なら承りますけど」

「いや。脱け出して来たら、見付かる前に戻るよ」

軽く吐き捨てる榎本だが。
その頃の開陽では、消えた一隻のボートを見た沢が迷わず長官室へ踏み込み。
もぬけの殻になっている部屋を見て怒髪している頃だろう

「土方先生なら、町に戻られてますが―…」

「それより頼みがあるの!」

言葉を遮った榎本は必至の面持ちだ。
榎本の目的が土方じゃ無いとは、とてつもなくただ事じゃ無い。
何事だろうか、安富は軽く眼を見開いた

「越中守様の事だけどさ…」

「定敬公―…」

行方不明になった定敬を捜す桑名藩士らを目撃し。
更に、詳細は島田から聞いている

しかし安富は、
そこで敢えて直ぐに確信を口にしなかった

「こちらも人手不足を解消出来て安堵してるところ。代表には、ホントに感謝してます」

安富は花も綻ぶ笑みを浮かべた。
すると、目付役を三人限定と自ら言い出した己が今更ながら定敬を新選組で見張れとは言えない。
況してや、その理由が嫉妬だとは言える筈も無いのだ

「すみません、話が逸れましたね。…で、松平越中守様がなにか…?」

「その―………」

勿論、安富は榎本を押し黙らせる為に故意で笑みを浮かべている。
会津から隊長格と成り実権を握る古参の安富は、藩や隊の枠を超え入隊した者への権限も与えられていた。
土方が言うには、
入隊させちまえばこっちのモノ…らしい。
そして、幾らでもコキ使って良いとも言われた。
安富の扱きには、さっそく大野右仲と言う犠牲者も出ているほどである。
再び大所帯になった新生新選組の激務に備え仕込まなければならないのだ。
せっかく増えた隊士に若君の子守りなどさせている暇は無い。

この浜辺に居たのが安富だったのは榎本の運の尽きだ

しかし、ここで退き下がらないのも榎本である。
土方へ軽卒な思いなど持ち合わせていない。
そして、一国家を築き上げたいと言う信念をも抱くような奴だ

「新選組で何とかしてくれるかな?…なんてね」

「ですが、目付役は三人にしろって言い出したの代表ですよね?」

「っ、そーだけど…」

榎本の額から冷や汗が滝のように溢れ出てきた。
安富が榎本と言う人物を理解するには、まだまだ時期が浅すぎる

「その件なら、土方先生から既に仰せ付けられましたので。ご心配なく」

そう横から声を挙げたのは島田だった

常に土方と一緒にいるお陰で、新選組の中でも島田は榎本と接する機会もあり。
榎本なら直談判しに来るだろうと待ち伏せていた

いつもは怖いと思ってしまう大柄な体格も、
この時ばかりはその逞しい胸に飛び込みたいくらい榎本は感極まる

「本当に!?」

「えぇ。それよりも、早くお戻りになられた方が良さそうですよ」

「は?」

島田が指を差した方へ視線が促されると、
いつの間にか碇を上げた開陽丸が、榎本の乗るボートの方へ波を切り裂き進行して来ている

「ぎゃあああああ!!!!!」

「榎本ぉおおおお!!脱け出すなって言っただろうがぁあああ!!!!!!」

「沢テメェ何やってンのぉおおお!!!?????浅瀬に来るなぁあっ!!座礁するじゃねぇかぁあああ」

沢が甲板で怒号を挙げている。

穏和な人ほど何かの枷が外れた時は怖い。
それを榎本へ思い知らしたのが沢なのだ。
沢も滅多にキレる事は無い。すっかり榎本はその男の怖さを忘れていた

「あの野郎を踏み潰してやれぇええ!!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ〜!!!ちょ、横波っ、横波ヤバイっ!!沈む沈む沈むっっ」

榎本は力の限りにボートを漕いで開陽から湾内を逃げ回った

「おぉ?!沢さんがキレてるゼ!明日は雪の代わりに槍でも降るンじゃねーのかァ?」

「艦長。榎本代表を引き上げあげましょう。開陽が座礁する前に…」

蟠龍の甲板で松岡が盛大の高笑いを響かせていた

そんな海軍を目前に、世界最大級の軍艦だろうが、
乗船しても本当に大丈夫なのか。
少し不安になった安富と島田だった


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